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東京高等裁判所 昭和39年(う)528号 判決 1965年2月22日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における訴訟費用はすべて被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高瀬迫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

四、第同二点のについて。

所論は、商品取引所法および受託契約準則により、受託者には証拠金預託義務が課せられているところ、本件岡崎商事株式会社と被告人の仮空名義である丸紅飯田株式会社との商品取引においては、証拠金の預託が行なわれていないのであるから、右の取引はそれ自体違法な業務であつて、かかる違法な業務については背任罪は成立しないと解すべきであり、原判決は、この点について判断を示さなかつた点において、理由不備の違法があり、また、これを看過して背任罪の成立を認めた点において判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の誤りがあるというのである。

案ずるに、所論「業務」が何を指すものかは必ずしも詳らかでないが、いちおう、背任行為たる本件商品取引を指しているものと考えられるところ、まず、原判決の理由不備をいう点を検討すると、もともと所論のような主張は刑事訴訟法第三三五条第二項によつて判決に判断を示さなければならない事項に該当しないのみか、原判決はその理由の末尾にかかる主張は採用しない旨説示しているのであるから、原判決にはなんら所論のような違法はなく、この点に関する論旨は理由がない。

つぎに、原判決の法令の適用の誤りをいう点を検討すると、なるほど、商品取引所法第九七条第一項は「商品仲買人は、受託契約準則の定めるところにより、商品市場における売買取引の受託について、受託者から委託手数料を徴し、及び担保として委託証拠金を徴しなければならない。」と定め、東京穀物商品取引所の受託契約準則第一六条は、「委託者は、委託した売買取引につき、委託追証拠金及び委託定時増証拠金又は委託臨時増証拠金を預託しなければならない事由が発生したときは、商品仲買人の請求によりそのつど速かにこれを差入れなければならない。委託本証拠金は、委託者が売買取引の委託注文を発するとき、預託しなければならない。」と定め、また、被告人のした本件商品取引はいずれも委託証拠金の預託がなされずに行なわれ、右の各規定に従つていないことが明らかであるけれども、右の各規定は商品仲買人の経済的基礎を確保し、それによつて商品市場の健全な運営を図かろうとするものであり、委託者が委託証拠金の預託を怠つた場合には商品仲買人は委託健玉の全部又は一部を処分することができるとされている(前記受託契約準則第二五条)ことに端的に示されているように、委託証拠金の預託は商品売買取引の委託成立のための必要条件とは解されず、その預託の有無は右委託の効力になんらの消長も来たすものではないから、本件商品取引自体がそもそも違法なものとは到底いいえないのみならず、まして現在商品取引業界においては、大商社との商品取引に際しては委託証拠金を徴さない。いわゆる無敷取引が慣行的に行なわれており、被告人は職掌がらこの慣行のあることをよく承知し、これを奇貨として本件商品取引に当り巧みにかかる方法を利用していることが明らかであるから、被告人のした本件商品取引が肯任行為としての違法性を具備することにおいてなんら欠けるところはないというべきであり、この点に関する論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する)(松本勝夫 龍岡資久 横田安弘)

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